父は学習院大教授。その秋篠宮紀子さまの弟である「川嶋舟」の命名由来と雲の絵の欺瞞を告発する。大和川錦舟に関連あり。鉛筆画の画家名『錦舟』が描いた肖像画も掲載。第二次世界大戦中、日本(大日本帝国)の皇太子(平成の天皇陛下)就け近衛兵だった祖父の写真も掲載(日光御用邸)。

川嶋舟と名付けられた理由と『錦舟』の鉛筆画・大和川錦舟と雲の絵の思惑/近衛師団の写真及び地震学の風景(証明画像)

【秋篠宮家もとより皇室が川嶋紀子を入内させた理由を垣間見る事ができる事柄】

以下に掲載する写真は、私に直接関係がある写真である。

川嶋舟と名付けられた理由及び、その動機となった可能性が極めて高い事由に関する事柄を提示する。

ちなみに、川嶋舟とは、秋篠宮家に嫁いだ「紀子さま」の弟に付けられている名前である。

詳細は、ページ下部に掲載の、《※関連項目:近衛師団と第二次世界大戦の関連性》を御覧頂きたく思う。


【秋篠宮家と〝実態を知る者〟の関係(秋篠宮家と満州事変)近衛兵(儀仗兵)の祖父 その他の写真】

大日本帝国陸軍 儀仗兵(近衛兵)の祖父 日光御用邸前

近衛兵(儀仗兵)の祖父 その他の写真;日光御用邸

近衛兵(儀仗兵)の祖父 その他の写真

【秋篠宮家と〝実態を知る者〟の関係(秋篠宮家と満州事変)】に掲載した、近衛兵(儀仗兵)の祖父の写真に追加の画像を掲載する。

向かって左側、矢印を付けたのが祖父である。

銃剣が付いていない事から判るように、休憩中ないし、警戒解除の状態である事が御分かり頂けるだろう。

この様な写真は、どこを探しても無い貴重な写真である。

拡大画像:近衛兵(儀仗兵)の祖父 その他の写真

【実態を知る者;地震学の風景(証明画像)】

実態を知る者;地震学の風景(証拠)

NIED発表のHi-net連続波形(重点観測点の分析)

公安含め、地震学ではなく天皇家の粗捜しの為に日本三代実録を借りたのであって、地震学はやっていないという事を言い出しかねない。よって、私〝達伊和洸〟が行っていた地震学の様子を掲載する。モニターに映し出されている波形やツールは、NIED発表のHi-net連続波形(重点観測点の分析)

NIED公開のKIK-net強震モニター、及びAQUAシステムCMT。

この他には、USGS及び、IRISのデータと解析結果を使用させて頂いていた。

拡大画像:地震学の風景(証拠画像)

【秋篠宮家と〝実態を知る者〟の関係(秋篠宮家と満州事変)【錦 舟】の画像】

曾祖母の肖像画を描いた流れの画家「錦 舟」

昭和29年3月 錦舟 (印)流れの画家、(曾祖母の肖像画)

曾祖母の肖像画:画家【錦 舟】の画像

【秋篠宮家と〝実態を知る者〟の関係(秋篠宮家と満州事変)】に掲載した、曾祖母の肖像画を描いた『錦 舟』の証明画像である。

ご覧の通り、『昭和29年3月 錦舟 (印)』とある。

聞いた話ですと、流れの画家がやってきて、曾祖母の肖像画を描いて下さったそうである。

私の一族に関連付けをする為に、ご子息に『舟(かわしましゅう)』と名付けたのではなかろうか?

そのような事柄が存在する有力な仮説を基にした場合、川嶋家が、画家名を、私の曾祖母の名前と勘違いしたという事を指摘できる物となる。

「錦 舟」は画家名である。よって、ここで明確な謀略が発生した事を指摘できる事となるのである。

昭和29年3月 錦舟(肖像画-鉛筆画)

川嶋舟は1973年生まれである。1972年に札幌オリンピックが開催されたが、当該オリンピックに関連し、札幌に一時移住してまで関わった皇族が存在する。それは、右翼思想で有名な「三笠宮寬仁親王」である。近衛兵だった私の祖父の在住も札幌である関連性は極めて強いと言える。

尚、有名な画家に「大和川 錦舟(やまとがわ きんしゅう)」という人物が存在する。

また、『秋篠宮紀子さま(あきしののみや きこ)』の祖母である『川嶋紀子(かわしま いとこ)』は、雲の絵を専門とする画家を名乗り、活動していた経緯もある。

尚、川嶋家と皇族の関係は、秋篠宮紀子さまの父親である「川島辰彦」が、学習院大学の教授であった事から、その関係性が明確となる。

※秋篠宮紀子さまが生まれた時、祖母である「紀子(いとこ)」は在命であった。通常、自分の母が生きている時に生まれた娘に、母と同じ名前を付けるだろうか? また、紀子と書いてイトコと読むのは、華族でも皇族でもない一般人界隈においては常用外の読みではなかろうか。 一説によると、和歌山県の紀に因んだ命名と言われているが、あまりにも不自然ではなかろうか。


拡大画像:画家【錦 舟】

川嶋辰彦とは

川嶋 辰彦(かわしま たつひこ、1940年〈昭和15年〉4月20日 - )は、日本の経済学者。学習院大学名誉教授。国土交通省専門委員。研究分野は空間経済学、統計学、計量経済学。学位はPh.D.(米国ペンシルベニア大学・1971年)。文仁親王妃紀子の父。

学習院馬術部大学部長であり、皇太子明仁親王一家(当時)とは部の会合で何度か顔を合わせ、面識があった。

日タイ間の学生交流やボランティア活動にも力を入れており、講演活動や学校の総合学習などの講師などの活動も盛んに行っている。

礼宮(文仁親王)と長女・紀子の婚約内定の報道がなされた際、社内の表記基準に従い標準字体の「川島」と報道した媒体も存在したが、宮内庁関係者などからの強い要望もあり、異体字を使用した戸籍名の「川嶋」に表記を改めた。

1940年、現在の東京都豊島区に内閣統計局長の父・川嶋孝彦と母・川嶋紀子(いとこ)の次男として生まれる。本籍地は和歌山県和歌山市本町。

【時系列順:事象年表】

  • 2002年:勤務先のバイク屋(暴走族もよく来る)(2001年9月設立だと思ったが少々あいまいである)に、秋篠宮を名乗る人物が来る。道東の方に仕事で来ていて、珍しい古い車両を扱っていると聞いたから来た。自分は黄色い初代ビートルに乗っていたと話す。この時、私の車両に貼ってあった貰い物の右翼風ステッカーに、当該人物は極度な反応をする。(これうちの家紋、こんな風に使って・・・)

  • 2003年:勤務先に警察を名乗る連中が来る。未成年者に対する性犯罪の聞き込み)※私には一切聞いてこなかったうえ、捜査(表向き)も逮捕もなかったが、上司にお前何かやったか?と聞かれる。この時、私の車両に貼ってあった貰い物の右翼風ステッカーに、当該警察は極度な反応をする。(これ誰のバイク?何でこんなステッカー貼ってあるの?等々)

  • 2003年or2004年:7月30日、勤務先にスーツ姿の自称警察の複数人が来て、『ようやく見つけた。明治天皇って知ってる?今日何の日か知ってる?明治天皇が死んだ日だよ?』という事を私に対して言ってきた。(7月30日は私の誕生日である)

  • 2004年:隣の整備工場に窃盗団が入り、ランドクルーザーが盗まれる事件が発生する。直前に、日本人運転手と、日本語が話せない外国人4名が乗ったバンが勤務先を訪れており、この周りにRV車は無いかと聞きにきていた。

  • 2004年7月:原付バイクを販売した相手に、黄色い初代ワゴンRを薦められ、10万円で購入する。(紅葉山公園にて受け取り)

  • 2004年10月:バイク屋を辞める。

  • 2006年2月:工業高校定時制を卒業する。

  • 2006年6月:海洋研究開発機構(JAMSTEC ジャムステック)仕事を、測量関連の仕事をしている父親の知り合い経由で紹介される。仕事内容は、数ヶ月間乗船し、竹島周辺海域において、エアガンを使った海底調査で使用したガンの分解整備との事であった。当該仕事はお断りした。

  • 2008年2月:飼っていた猫が9歳で突然死する。

  • 2008年3月:創価学会の戸田城聖が生誕した聖地でもあり、ハマナスが有名な石狩市の厚田にて、多頭飼育で行政トラブルとなっている人物からアイヌ犬の仔犬を貰う状況が生じる。

  • 2008年8月27日:アフガニスタンで伊藤和也 氏が殺害される。

  • 2008年8月31日:満州から引き揚げ創価学会へ入信していた同居する祖母が衰弱死する。子宮頸がんの疑いとされ、スコープを入れられたが、癒着しており出血したとの説明、脳梗塞の薬の影響もあり出血が止まらなく、輸血を繰り返すも衰弱死。(平家閉経出血死との考えであろうか?)

  • 2008年9月~10月:小和田雅子に繋がる、NGP 日本物理探鑛株式会社の旧日本軍中国遺棄化学兵器処理事業の仕事を、測量関連の仕事をしている父親の知り合い経由で紹介される。当該仕事内容は、測量助手募集との紹介であった。10月、指定された市立札幌病院にて「狂犬病・破傷風・A型肝炎」のワクチン接種を受ける。当該知り合いは、測量特殊潜水士等、国の仕事を引き受けている人物である。

  • 2008年10月:同月に知り合った〝のの〟と自称する自称風俗嬢を、一人では怖いから連れて行ってくれと頼まれ札幌山鼻のレディースクリニックに連れてゆく。この時、自称秋篠宮の娘が居合わせるような状況が作られていた。

  • 2009年1月:先述した美人局をおこなっていた加害者でもあり被害者でもある少女と再会する。この時、美人局の話や警備系警察官からの性的暴行の話を打ち明けられる。

  • 2010年5月29日:兄弟と釣りに行った際、在札幌ロシア総領事館の人物と釣り場で遭遇。釣れたか会話をする。明確に領事ナンバーの車両であった。(在札幌ロシア総領事館に居る公人の行動及び情報を把握し利用できるのは諜報機関を自負する公的組織である。よって、世界中を冒涜する異常な行いにロシア連邦国の公人が利用されていた事が明確となる。詳細:https://twitter.com/WakouTeda/

  • 2010年10月23日~24日:日本の公的組織により鬼畜英米反中露思想の右翼デモ活動へ参加させられる。この時、左翼的とされるペシャワール会の伊藤和也に関連付けを行われている。(左翼に関連付けて右翼の活動をさせた私達は面白い。といった所であろうか?)

  • 2013年12月04日~7日:みよしの餃子で食事を摂る。店内にて集団での異常な動きも明確に発生。店内では、私の左隣に作業服姿の男が二名「これで来なかったら達伊さん大変な事になるよ。うちの社長モニタ見っぱなし。」との発言。右斜め前に秋篠宮のような口髭を付けた黒いスーツ姿の男一人、ニヤニヤし、私を何度も見ながら、これ見よがしに〝食事作法でいうところの犬食い〟を繰り返す。この日から、異常な行いが四六時中へと変化し、エスカレートしてゆく。

  • 2014年01月27日:札幌連続ボンベ事件が発生する。当該事件の初日は1月27日であった。(12月7日と同数字

  • 2014年03月27日:札幌連続ボンベ爆発事件に私が直接巻き込まれる。(ジョイフルAKにて)

  • 2014年05月04日:伊藤和也 氏の娘さんである伊藤華奈さんが殺害される。容疑者は錦野昌行とされているが、不自然な自殺で真相不明となる。尚、錦のショウコウは、同年開催の伊勢神宮式年遷宮の日程にて自殺している。容疑者の車両はロシアと関係が深い小樽港に放置されていた。

  • 2016年03月06日:告発の為、白旗山で開催の宮様スキー大会にて事件を起こす。

  • 2016年11月01日:精神福祉法の濫用により統合失調症の妄言であると診断が下され〝札幌花園病院へ1ヶ月・後4ヶ月を市立札幌病院〟への措置入院(強制入院)という甚だしい人権侵害が行われる。尚、当該強制入院は、5ヶ月間もの間、ベッドに5点拘束で縛り付けられていた状況である。食事・排尿・排便も全てベッド上にてさせられていた。

  • 2016年:警察権益拡大の為、精神保健福祉法改正案が提出される。(警察の介入による精神障がい者の情報収集及び監視網構築法案)

  • 2017年:精神保健福祉法改正案が国会審議へと入る。(反対意見が噴出する)

  • 2019年03月06日:ペシャワール会の中村哲と天皇皇后(平成)が会談。(2016年3月6日から〝3年後〟)

  • 2019年12月04日:ペシャワール会の中村哲がアフガニスタンで殺害される。

  • 2020年4月22日:私の自宅に北海道警察本部警備部公安一課の捜査官および爆発物探知犬や爆発物処理班が家宅捜索に入る。2016年3月6日の家宅捜索で発見しながらも意図的に押収せず放置していった火薬類及びパソコンやメモ帳等を押収してゆく。

  • 2020年4月26日:2016年3月6日の家宅捜索で警察が発見しながらも意図的に押収せず放置していった火薬類を所持した「火薬類取締法違反の容疑で逮捕」される。尚、「オリンピックのテロ対策で警戒していた道警がテロを起こす危険が高いと判断して捜査を行い逮捕した。テロを未然に防いだ」と報道あり。

  • 2020年5月15日:札幌東警察署から釈放される。

  • 2020年5月18日:札幌地方検察庁が不起訴の判断を公表する。(精神障害の疑いによる不起訴の場合は、精神保健福祉法に規定されている通報制度が執られ、検察より担当行政へ通報が行き強制入院が問われるが、今回の不起訴の場合、担当行政への通報は無かった。よって、起訴後の有罪確率の高低及び、不祥事関連発覚の忌避による不起訴である事が明確となっている。)

  • 2021年8月15日:アフガニスタンが、反米勢力タリバンによって完全掌握される。掌握宣言が出されたのが8月15日である。

  • 2021年9月27日&10月26日:秋篠宮の長女の結婚相手、小室圭が帰国する。金銭問題等の解決ができたと公表し、翌月26日、結婚会見が行われる。(私が新型コロナウイルスワクチン接種の予約を行ったのは9月15日であり、接種日は9月27日&10月26日であった。9月15日の時点では、小室帰国や結婚会見の日取りは発表されていない。詳細は、Twitterにて公表しているのでそちらをご覧頂きたい。※リンク⇒Twitterにて公表